神戸酒心館

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【第138回酒蔵文化道場】手漉和紙「名塩紙」(2024.7.6)

神戸酒心館酒蔵文化道場ホールイベント

≪酒蔵文化道場とは?≫

第138回
酒蔵文化道場

≪題目≫
手漉和紙「名塩紙」
~誕生とあゆみ~

≪語り手≫
郷土史家
鈴木 元昭 氏

≪内容≫
 六甲山系の東北端の山間の有馬郡名塩村に名塩紙は誕生しました。
「雁皮」を主原料とする特異な紙、手漉和紙雁皮紙で室町時代末期から江戸時代初期に抄き始まったと言われます。江戸前期のはげしく進展する時勢の中、村の生業として高品質の「ふすま(襖)紙」「藩札の地紙」などを主力商品に生産し、元禄時代には「名塩千軒」といわれる程に盛況を迎え「各塩雁皮紙」の名は全国に伝播しました。 その様子を紹介いたします。

≪開催について≫
◆2024年7月6日(土) 16:00〜
◆料金:参加費2,000円
◆講演の後、講師を囲んでの懇親会がございます。(要予約・別途5,000円)
※懇親会のお申込みの場合は、当日キャンセルはいたしかねます。
※席に余裕がある限り、当日でも懇親会に6,000円でご参加いただけます。(お料理内容は予約の方と異なる場合があります)
※懇親会は18時頃~20時頃までの予定です。

≪経歴≫
もとはサラリーマンで、江崎グリコに40年勤めていました。
商品開発に20年、流通に10年、営業に10年関わってきましたが、退職後は居住地の地域に関心を持ち、郷土史を志す。
今住んでいる西宮の名塩地区を見回すと手漉き和紙の「名塩紙」が伝えられており、人間国宝の谷野剛信さんらと交流を重ね、「雁皮紙」の魅力に魅せられている。

≪講演レポート≫
 米寿を迎えた今も、暮らしている土地への好奇心から、さまざまな事物に興味津々で過ごしています。名塩に来る前は塚口にいて、伊丹酒の古文書を読み込むなど、武庫川流域の郷土史に関心を寄せていました。
西宮の山間部にあたる名塩地区は北六甲山系の東端にあり、平地の稲作をはじめ、豆類、綿、菜の花、紅花などの栽培もままならない立地条件でした。今日では中国高速道路が通り、住宅開発も進んでおりますが、山寒村のイメージから逃れられないところです。しかし、江戸時代には「名塩千軒」と呼ばれる繁栄の時代があったのです。それを支えたのが「名塩紙」と呼ばれる「雁皮紙」の生産でした。
名塩の富裕さがうかがえる逸話として、緒方洪庵の逸話がある。緒方洪庵は江戸時代後期の蘭学者、医師として知られるが、名塩出身の奥さんの実家の援助で活動を続け、大阪大学の前身である「適塾」の創始者となったと言われます。また、水上勉の小説『名塩川』では、「名塩紙」の誕生にまつわる由来と悲劇が描かれています。
名塩和紙の起源については諸説あるとされますが、1475年に本願寺蓮如が越前より名塩に来訪して浄土真宗寺院を開きました。その後、信長の越前一向一揆弾圧の折に越前から紙漉工など難を逃れた人々が名塩に縁故をたどって移り住んだと言われます。
名塩の風土は、北山と南山の間に名塩川(武庫川につながる)が流れる寒冷地で、和紙の原料となる野生の雁皮が得られるところでした。そこに越前和紙の技法が伝わったのち、六甲山系の凝灰岩から出る泥水が布を染めることから、従前の和紙に泥を漉き込む技が生まれたといい、東山弥右衛門という人物が始祖と伝えられています。
 「泥漉き」といわれる名塩和紙の製法は、山中にある「神戸層群第二凝灰岩」という岩石を砕き、水に溶解させ粘土状の粒子にしたものを溜枡の中で撹拌沈殿を繰り返し、粒子の肌理(きめ)をそろえた泥粒子を和紙原料に加えて、漉きあげるものです。泥の種類には、白・青・黄・茶・白茶があり、岩石の採取地によって違いがあります。
和紙の原料には、楮(こうぞ)、三椏(みつまた)、雁皮(がんぴ)が知られていますが、雁皮は繊維のサイズが5ミリ程度と最も細かいものです。雁皮は樹皮が強い香りを持つことと、泥粒子という鉱物質の素材が入ることから、虫害の少ない紙とされ、その堅牢性から永久保存用の用紙や藩札にも利用され、建築材料として「間似合紙(まにあいし)」と呼ばれる襖紙に活用されました。室町時代の有名建築物として知られる銀閣寺などの書院造りには襖が欠かせないもので、部屋のしつらえの中で、泥の色合いの異なる間似合紙が部屋「泥入れ漉」の明るさと襖絵の趣を演出してきたと言えます。
人間国宝である故谷野剛信氏による「泥入れ漉き」の工程をビデオで紹介しましたが、工程の要点をお話しします。①雁皮の処理(野生の雁皮を採取して樹皮をはぐ)②灰汁で煮る(アルカリ液で漂白する)③さらに白く(水さらしを繰り返すほか、細かいゴミも取り除く)④雁皮を砕く(柔らかくなった雁皮の繊維をさらにほぐす)⑤泥をつくる(凝灰岩を砕き、水の中ですりつぶしと撹拌を繰り返し、泥の微細粒子を整える)⑥シャナを作る(「ノリウツギ」の皮を発酵させて繊維のつなぎとなる「ねり」をつくる)⑦仕掛け(別々に準備した雁皮繊維と泥を紙漉きの舟に入れ、撹拌する)⑧紙を漉く(簀をはさんだ簀桁を用意し、シャナをうった原料液をくみ上げ、ゆっくりゆすりながら水が落ちるのを待つ「溜め漉き」。これを数回繰り返して一枚の紙を得る)⑨水を切る(漉き上がった紙は積み板の上に重ねて、百枚ほどになると30キロの押石を順次に積み上げ、時間をかけて水をきる)⑩紙を干す(銀杏の一枚板に紙をはきつける「着物の洗い張りのように」)⑪しあげ(乾いた紙をていねいに干し板からはがし、出来上がりを点検する) という気の遠くなるようなていねいな作業が冬の冷気の中で繰り返されていました。
今は後を継ぐ谷野雅信氏によって技術が継承されています。また、肌理の細かさと伸縮性から金箔づくりに用いられる金箔打原紙は第一人者馬場和比古氏によって伝えられています。この二軒のみとなった名塩和紙の伝統文化をぜひ味わっていただきたいと思います。

(レポート:鷲尾圭司)