神戸酒心館

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4月のうまいもん/筍

さかばやし

●フードジャーナリスト・曽我和弘の「今月の旨いもん」
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朝採って、その日に食べる。だから朝掘り筍は本当の旨みを教えてくれる
 筍は不思議な食べ物である。凛とそそり立つ竹を見て、こうなる前には食べていたのだと思う人は少ないし、ましてや竹藪を見て食欲をそそるなんて人もいないと思う。それが春になると、こぞって旬の食材と持て囃すのだからおかしくて仕方がない。
 そもそも旬という言葉は、筍から生まれたといわれる。旬とは本来10日間のことを指す。現に我々も月を表す時に、上旬、中旬、下旬といっており、それらは10日ごとに区切られているのだ。「旬」の上に「竹」の文字を置くと「筍」になる。これは筍が10日間で竹になってしまうことからつけられたとされる。筍は地中にあるうちに節を形成し、春先になると伸び始める。農家の人は土の中から顔を出したか、出さぬかのうちに掘ってしまい、それを出荷するのだ。朝掘り筍という言葉をよく聞くが、本来、これは農家が朝に山から掘り出したものをその日のうちに食べるから価値が生まれる。いくら朝掘りといえど、翌日以降に届いたのでは、なんら価値がないというわけだ。
 ハウス栽培の発達により、どんな季節でも野菜が得られるために旬がなくなったとさえいわれている。それでも筍は、春を待たなければ食せない唯一ともいうべき旬の食材。なので料理人は、その旬を表現したくて南は鹿児島から、高知、京都へと筍の発育を追いかけて仕入れをする。筍の名産地というと、やはり京都だろう。山城産の筍は一級食材として高値で取引されている。そもそも筍が日本に渡来したのは鎌倉期のこと。隠元豆で有名な隠元という僧が明(中国)から持って来て京の西山一帯に植えたのが始まりらしい。だから今でも木津川市から京田辺市にかけては広大な竹林があり、ここで採れる妄想竹の白子筍は旨いと評判を呼んでいる。
 仮りに山城の筍を、京都の街で食べるなら朝掘りを食すと言っても嘘ではないだろう。それが鹿児島や高知のものとなると、朝掘り筍を神戸で味わうと表現するなら少々疑わしきが生じてくる。いくら流通ルートが整備されたとはいえ、正式な流通に乗せていたのでは、本来の良さは味わえないからだ。
 これが神戸の山に生える筍ならどうだろう。西区や北区で産するものでも東灘へその日のうちに持ってくることは十分可能だ。JA兵庫六甲の人に聞くと、神戸でも良質の筍は産されているとのこと。それがメジャーな地ではない故に市場では他所のものと十把一絡げのように売られてしまい、その真価をアピールできずに終わっている。本来、筍は時間が勝負の食材である。朝掘ったものでも袋に入れて置いておくと、その水分で筍が漬かるくらいになるそうだ。これだけ水分を出してしまうと、筍は瑞々しさを失い、ただ堅いだけの素材となってしまう。そうなってから味わっても本来の旨さを感じることはない。いくら保冷技術が発達したところで、遠くから送っていたのでは旨さはわかりづらいということだ。
 今回、JA兵庫六甲が協力してくれることになり、「さかばやし」で神戸産の筍を仕入れることが可能になった。神戸は京都のように専用の筍山がないため決してブランド品とは言い難い。それでも「さかばやし」で出すのなら鮮度の点では他産地を凌ぐものになるだろう。野菜の中でも鮮度感が表われやすいといわれる筍。メジャーではない神戸産といえども熱心な農家が育てたならば良質なものに違いない。それをJA兵庫六甲がセレクトして運んでくれるわけだからこんなありがたいことはない。櫨谷や伊川谷、押部谷、平野で採れる筍をぜひこの機会に味わってみてはどうだろう。「鮮度がいいものは、何の加糖もせずとも甘い」、そんな農家の人の言葉が実感できるはずである。
(文/曽我和弘)
※神戸酒心館内にある日本料理店「さかばやし」では、4月下旬〜5月中旬ぐらいまで鮮度抜群の朝掘り神戸産筍を色んなメニューに使って調理する予定です。天然のものなので毎日あるとは言い切れませんが、できるだけ店内でお召し上がりになれるようにいたします。ぜひこの機会に神戸産筍をご賞味くださいませ。
<プロフィール>
曽我和弘(フードジャーナリスト兼編集者)
 雑誌「あまから手帖」に籍を置いたのをきっかけで食に関する執筆を数多く手がける。独立後は、雑誌・書籍などの編集を行う傍ら、幅広い食の知識を用いて飲食店をもプロデュースし、多くの人気店を世に出してきた。著作には「関西風味の本」「瀬田亭の魔法のソース」「おはよう朝日ですの本」「新婚さんいらっしゃい、雑誌になってもいらっしゃ〜い」「カレーライス3/5」などがある。