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8月のうまいもん/夏の甘酒

町々で物売りが売っていた“飲む点滴”

amazake“百姓のしぼる油や一夜酒”。これは宝井其角の句で、ここに出て来る一夜酒とは甘酒を指しています。甘酒は米麹を用い、粥や水分を多めに柔らかく炊きあげたご飯を50~60℃に保温し一晩発酵させ、澱粉を糖化させて甘みを出す作り方から、昔は一夜酒と呼ばれていました。其角の句は、それを季語に用いて詠んだものです。また与謝蕪村は“甘酒の地獄も近し箱根山”と詠んでおり、ここでも甘酒が季語になっています。
甘酒といえば、冬場に温かいものを飲むことが多く、初詣の寺社でもそれがふるまわれています。そのため冬場のものと誤解されがちですが、実は夏の飲み物で、その証拠に俳句の世界では、甘酒は夏の季語として使われているのです。歴史を紐解くと、江戸時代の風俗を描いた「貞守漫稿」にも「江戸京坂では夏になると町に甘酒売りが出る」と書かれています。
そもそも甘酒は中国に起源を持ち、醴斉がルーツだろうと考えられています。それが日本に伝わり、「日本書紀」では天甜酒なる記述として見られるようになりました。その天甜酒は、アルコール分が少なく、甘酸っぱくとろっとした飲み物だったようです。
平安時代に貴族の間で親しまれていた甘酒が一般化するのは、やはり江戸時代。行商による物売りが盛んになり、その一部に甘酒売りが出て来ます。甘酒は当時、4文で売られていたそうですが、これは幕府が市民の健康を守るためにあえて安く価格を抑えていたから。なので江戸期の庶民は、夏場に甘酒を飲むことで健康を維持していたのでしょう。
甘酒には、ビタミンB₁、B₂、B₆、葉酸、食物繊維、オリゴ糖、それに大量のブドウ糖が含まれていることから俗称として“飲む点滴”と呼ばれたりします。江戸時代のように夏に飲むのは、夏バテを防止する意味合いを持っており、栄養豊富なこの飲み物に体力の回復を託したのだと思われます。
さて、清酒「福寿」の蔵元である「神戸酒心館」では甘酒の商品は販売していないのですが、蔵の料亭「さかばやし」において自家製の甘酒を提供してまいりました。くしくも今夏は、記録的な猛暑が予想されます。そこで8月は、甘酒を“今月のうまいもん”としてスポットを当て、「さかばやし」内で供することにしました。
甘酒には、麹から作るものと、酒粕から作る二つのタイプがあります。前者はアルコール分がなく、子供でも飲めるのですが、後者の酒粕から作るものは、酒粕自体に若干アルコール分が含まれます。ただ、せっかく酒蔵で出すのだから、やはり美味しさを追求したいと、あえて今回は酒粕の濃度を高めて作ることにしました。濃度の高い甘酒は、かつて天甜酒が持っていたようにとろりとした飲み物。まるでチーズケーキを溶かしたような味わいです。
8月は甘酒を“今月のうまいもん”とするのだから、この濃度の高い甘酒だけではなく、1対2で薄めに作ったさらりとしたものと、麹ベースから作るアルコール分を含まないものの三種の異なる甘酒を提供することにいたします。
その昔、滋養強壮や体力回復のために使われた冷たい甘酒を飲みながら、そもそもは夏の飲み物であったことや、町で物売りが売っていた様を少し頭に描いてみてはいかがでしょう。
(文/フードジャーナリスト・曽我和弘)

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