| Other Languages |

3月のうまいもん/山菜

山菜 現代人は春の息吹を料理屋で感じる
 

 俗に春は苦みを盛るといいます。これは春が旬といわれる山菜のほとんどが苦みを特徴としているため。しかも野菜がまだこの季節には育っておらず、やむを得ず旬を山菜に求めたことも起因しているのでしょう。人間といっしょにたとえるのもおかしいのですが、冬眠したクマが最初に口にするのは、ふきのとうだといわれています。冬眠中、体内に溜まっていた悪いものをふきのとうの苦みでデトックスするそうで、熊も山菜の苦みにより眠っていた身体を目覚めさせるようなのです。野菜は栽培しやすく、食べやすくするために人の知恵がかなり入り、品種改良でクセがなくなっています。その点、山菜は野生植物ですので味に苦みを有していたり、灰汁があったりと、一般的な野菜ほど洗練された味になっていません。「そこがいいのだ」というグルメも多く、独特の風味を楽しみたくてあえて春には山菜を食べる向きもあるのです。
 
 そもそも山菜が身体にいいといわれ、広まったのは平安期。食べられ始めたのは縄文期と古いのですが、平安期になるとその活用術も徐々に知られて来たのか、食材としての認識が高まっていきました。山菜というフレーズはどうやら江戸期からのもののようです。この時代には食糧難を逃れるために山菜の食べ方が広まっていきました。米沢藩の上杉鷹山は、凶作で食べるものがなくなった時に山菜を活用すべきと考えて藩医にその研究をさせています。たらの芽、ぜんまい、わらびなどはいいのですが、時にはトリカブトや毒セリのように間違えて食べると中毒をおこしたり、死に至るものさえあるので、どれが適しており、どんな食べ方をすべきかを米沢藩は医師を通じて調べていたのでしょう。これが功を奏して天保の飢饉でも犠牲になった人は米沢藩では少なかったといわれています。山菜とその食べ方を記した「かてもの」なる本のおかげで人々に山菜の味わい方が広まったようです。このことでもわかるように山菜が食材として広まるに至ったのは飢饉によるもの。「備えあれば憂いなし」の言葉よろしく数多くの食せる山菜が江戸期に見つかっています。
 
 さて、「さかばやし」では三月のテーマ食材を山菜に定めて様々な食材を会席料理や一品料理に使用しています。独活(うど)は、ウコギ科の多年草で、山野に生えて「独活の大木」のフレーズにもあるように1.5mにも達します。今では栽培で作られていますが、光を当てずに作らねばならず、育てるにはけっこう面倒な山菜でもあります。蕨(わらび)は、イノモトソウ科の多年生のシダで、独活とは違って日当たりのいい所に生えるのですが、これまた高さが1mに達するそうです。薇(ぜんまい)はゼンマイ科多年生のシダで、山野に生え、春先に胞子葉を出して次に三角形の小葉からなる羽状複葉の栄養葉を出します。春の風物詩の一つとされた土筆(つくし)採りも今では見かけなくなりましたが、かつては山や畑の至る所に芽吹き、それを採っては各家庭で醤油を用いて煮たものです。そんな習慣もなくなった今なら、春を感じるためにいっそ料理屋で山菜を味わうのがいいのかもしれません。我々は、苦みを舌で感じながら冬に溜まったものをデトックスさせるべきなのでしょう。
 
2018年3月/フードジャーナリスト・曽我和弘
山菜

  • TOP